Dビル・ホテル

原さくらと亭主の原聡一郎が宿泊するはずだったホテル。さくらは19日の午後8時半にチェックインした後、どこかへ出かけたまま戻ってこなかった。

中之島公会堂

歌劇団が講演する場所だったが、講演直前にさくらの死体が発見された場所。

Nホテル

歌劇団の一行が宿泊したホテルで、事件発覚のため、原聡一郎や相良千恵子も含めて、解決まで缶詰にされたホテル。

北の新地

土屋恭三が、昔同じ釜の飯を食った新聞記者の友人と飲み明かした地域。このため土屋は午後8時に到着する汽車に乗っていたさくらの迎えを忘れてしまう。

北浜

さくらの有力な後援者の住んでいる場所で、さくらの出迎えを忘れ焦った土屋恭三が訪れた場所。その後、土屋は真夜中頃まで他の後援者の住んでいる船場や島の内を訪れた。

大阪駅

19日の朝、土屋が到着し、19日の午後8時にさくらと相良が、そして20日の午前8時7分に歌劇団の一行と原聡一郎が到着した駅。

新東京日報大阪支社

三津木俊助が大阪に着き、由利先生と別れて立ち寄った支社。支社での担当記者は島津。

楽譜

さくらが東京駅で落とした楽譜で、暗号になっている。

曙アパート

さくらを殺害したと思われる高級アパート。フォード・セダンの橋場と阪本が、コントラバスケースをもった謎の男を乗せた福島の近くにある。

桜橋

謎の男がコントラバスケースを残して降りてしまった場所。

桜橋〜天満〜天神橋

フォード・セダンの橋場と阪本が、コントラバスケースの中身を確かめるため、中之島を抜けて淀川に向かったルート。

大阪郊外の人目のない川原

フォード・セダンの橋場と阪本が、コントラバスケースの中身を確かめた場所で、さくらの死体とともにあった100円札を盗んだ場所。『天神橋から淀川に沿って〜』ということは、今の「旧淀川」を沿っていき、この毛馬町付近の川原が一番妥当である。

三越横から曙アパートのルート

謎の男がタクシー運転手の河辺康夫に手伝ってもらって、重いトランクを運んだ道筋(推定)

清風荘

さくらが「原清子」の名義で事件の昭和12年6月5日から借りていた愛宕下のアパート。三面鏡の前に「藤本章二」の写真が飾ってあった。

箕面の滝

20日の朝にさくら名義(その頃さくらは死亡していたのだが)の電報を受け取った志賀笛人が訪れた場所。